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みにミニ法話

(123)「母の心」

今モンスターペアレンツと言って、子どもをかばうばかりに、学校の先生にずいぶんひどい行動をする親がいます。

私が大学生頃、大学の寮に住んでいたのですが、寮で喧嘩があり、それを子どもが親に言い、 親が怒って大学へ文句の電話をかけ、大学の方から寮へ、よく対処しなさいという支持を受けたことがあります。

そのとき「子どもの喧嘩なのに、親が出てきて恥ずかしい」という思いがありましたが、 あれから30年以上たって、それがさらに進化している親がいるようです。

『宮本武蔵』などを書いた吉川英治さんのお母さんは立派な人でした。
エピソードを一つ紹介します。

吉川さんが19才のときでした。
家ではお父さんが働けず、下にはまだたくさんの兄弟がいて、
吉川さんが家の手伝いをしていかないと、家を守っていけない状態であったようです。

お母さんも内職をしながら働き、生活資金を工面していたようですが、
女手一つで子どもを育てることは並大抵ではありませんでした。
当然長男の吉川さんに助けてもらわなければならなかったでしょう。

そんな状況のなかで、吉川さんが東京に出て苦学をしたい、
という思いをお母さんが察して、吉川さんに言ったそうです。

「もう家の事は心配ないよ。お母さんのことも。
それよりお前はもう一人前だ。お前の考えを大事にして、
苦学するなり、東京で働くなりしておくれ。
長い間、家のためによく働いてくえたわね。
もうお前は、お前の道を進まなければ」

と言ったそうです。

自分の家がとても苦しいのに、働きがしらの吉川さんに
「お前は、お前の道を進まなければ・・・」などと、言えないものです。

吉川さんはこのお母さんの言葉を胸にして東京に出、吉川文学を作りあげました。

母親という在り方を学ぶ、大きな教訓話です。