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法華経の詩

法華経の詩(49)

薬草喩品 第五(8)

世尊なる仏は
前章で語った意義を さらに詳しく示した

たとえば
陶器を作る職人が
同じ土を使って さまざまな陶器を作る
砂糖を入れる器(うつわ)
牛乳を入れる器
ヨーグルトや水を入れる器を作る

あるいは 汚物(おぶつ)の容器を作ったり
他の物は 日常に使う飲み物の容器になる
しかし
陶器を扱う職人は
同じ粘土を使って さまざまな容器を作る

どのような物の容器になるかは
入れられるものによって
その形や姿が 定められる
そのように この世の人間には差別はない
差別はないのだが
仏はさまざまな人の意欲や考え方によって
人を区別するのだ

仏は乗り物の種別に三種あると語る
一つは 中ほどの智慧を得たことから
独覚(どくがく)といい
二つに 「空」の智慧が劣っていることから
声聞(しょうもん)という
しかし 仏の乗り物はまぎれもなく一つであるのだ

転生輪廻という 生死の回転の車輪を知り
平安の境地を識別できるものは
もろもろのものが
仏の慈悲の現れであって まさに等しく
限りなき無限のエネルギー(空)の
現れであることをと知っている

この「さとり」に至る 一切の教えを会得すれば
仏と同じように 真なる「さとり」を知る
まさしく これが一乗(いちじょう)という
真なる「さとり」へ至る乗り物 教えなのだ