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法話

真なる富者とは 3 富に溺れる

人の心を撹乱させる富

人はたまたま大金が入ると贅沢になり、
その生活を長年続けていくと豊かな生活から抜け出せなくなって、
心の大切さを忘れがちになっていきます。

富は優れた面もありますが、一方で、人間の心を腐らせてしまう怖い面もあります。

それを知って、昔から賢者と言われる人たちが、
「富には気をつけろ」と教えています。少し挙げてみましょう。

ギリシャの倫理学者でもあり伝記作家でもあるプルタークは、
次のように言っています。

富はたいてい、その所有者を害(そこな)う

イギリスの哲学者でベーコンという人はこう言っています。

お金はよい召使であるが、悪い主人でもある。

ロシアの格言には、

お金が物を言う時には、真理が黙る。

お釈迦様は言います。

お金は毒蛇である。

人はどうして富の前に出てくると、正しい心を失ってしまうのでしょう。

富を得たいというのは生きる力でもあり良いことです。
この世で経済力があるというのは、とても大事なことで、
自分を守る、あるいは家族を守るために一生懸命働いてお金を得るというのは大事な生きる力です。
その力には際限がありません。

人は働いて富を得るのですが、際限がないので、
ある時点になると強欲が出てきて、もっと欲しいという思いになり、
正しい判断ができなくなってくるのです。

平静な思いから強欲に変わる時点は人さまざまですが、
私はこれを、「強欲の沸点(ふってん)」と呼んでいます。

お湯が煮え立つように、ふつふつと心が煮えたぎって、
「もっと欲しい」という思いになるのです。

沸騰するまえに、火を止めて、平静さと穏やかさを保てばよいのですが、
これができない人が不幸な道を選ぶことになるのです。

1ヶ月の収入がだいたい分かっているのに、もっと欲しいという思いが沸騰し、
支出の方がみるみる大きくなって借金をしていく。

これは強欲の思いが沸点を超えている状態といえます。
あるいは大金が入ったときなど、強欲の思いがでてくるのです。
その沸点を見定めることです。

逆に、大金を使わなくてはならない時、
特に布施をしなくてはいけないときに、強欲な思いが出てきて、
「どうして布施など・・・。そんなことできない!」
と思ったときに、強欲の思いが心のなかでふつふつと煮えたぎっているのです。

その思いをまず見定める力が大事になります。
そして沸騰している心に水を注ぐのです。

その水は何でしょう。

(つづく)