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法話

つまずいて、また立ちあがる 1 さまざまなつまずき

つまずきの体験

人生のなかで、さまざまなつまずきに遭(あ)い、
そのために苦しんだり悲しんだりして、立ちあがれないときがあります。

またそのつまずきが人としての勉強になったり、
あるいは人格を深める体験になったりもします。

つまずきは、さまざまなストレスによるものであることが多いのですが、
たとえば失敗や裏切り、親しい人との別れや嫌な人と合わなくてはならないこと、
夫婦間の問題や子どものこと、結婚できないことや結婚しても子どもができないこと、
嫁姑の関係やそれにともなう老後や介護の問題、また人生の生甲斐や自分自身の
問題など様々です。

今年はバンクーバーでの冬季オリンピックがありました。

スケートの競技を見ていると、
私もスケートで失敗し、つまずいて恥をかいたことがありました。

確か中学1年のころであったと思います。
伊那でスケート大会があって、短距離の選手として大会に出たのです。

なぜ私が選手として選ばれたかは分かりませんが、
速く滑(すべ)ることができるように見えたのでしょう。

大会の前日、スケートの刃(は)を見ると丸くなっていて、
これで大丈夫だろうか砥(と)いでおいたほうが良いのではないかと思ったのですが、
安易に考えてしまって、そのまま大会に出たのです。

練習のときは案の定、刃の砥いでないスケートは氷になじまず、
氷の上に立っているのがやっとという状態です。

これでは試合にならないと思ったのですが、引き返すことはできません。
私の順番になって、6人ほどでピストルの音を合図に一斉に走り出しました。

私はスタートですでに転び、そのとき棄権をすればよかったものを、
それでは責任が果たせないと思い、そのままゴールまで滑ったのです。

最後にはみんなと半周ほど遅れを取り、滑っている最中にも転びそうなり、
その度に見ている人が「おっ!」と叫び笑うのです。

最後にゴールするときには大きな拍手をもらいました。
嬉しいやら、穴があったら入りたいという思いでした。

担当の先生は、私の顔を見ながら何も言わず頭をかしげて
「お前を選んだのがいけなかった」というそぶりをしました。

それ以来、スケートの試合に出たことはありませんが、
ずいぶん恥ずかしい思いをしました。

つまずいて、その場を逃げたくなりましたが、
「刃を砥いでいれば絶対に負けない」と自分に言い聞かせて、
そのスケート大会のつまずき体験から立ちあがった想い出があります。

明るさと独立心

これは私の体験したことですが、このようなことは誰にでもあると思います。
私の場合は伊那という小さな町で起こったことですから、たいしたことではありません。

でも、オリンピックで失敗したら、それは相当のストレスになり、
なかなか立ちあがれないでしょう。

1984年の夏、ロサンゼルスでオリンピックがありました。

そのオリンピックで印象深く覚えているのが、
女子マラソンでスイスのガブリエラ・アンデルセンという人が
フラフラの状態で今にも倒れてしまいそうな足取りでゴールしたことです。

ゴールしたときにはみんなが一斉に拍手をしましたが、
よく棄権をしないで走ったと思います。
このときは金メダルをとった選手より、彼女のほうが有名になりました。

当時その様子をテレビで見て立ちあがれなくなった人がいました。

その場面を見て、つまずいてさらにつまずいて、自信を失ったのです。
それが増田明美さんでした。

増田さんは日本の代表選手としてこのマラソンに参加していました。
でも、途中で棄権をしたのです。

「自分は棄権をしたのに、アンデルセンはあんな状態で走り通した。
それなのに、この私は…」
そう思うと、さらに恥ずかしさと辛さにつぶされそうになりました。

日本に帰ってくるときの気持ちが察せられます。
行く時にはずいぶん期待をされ、応援団までいたと思います。辛い帰国です。

そのためか、その後マラソンをあきらめ、教職の道に進むため法政大学に入ります。

でも走ることが忘れられず、大学を中退し、
アメリカのオレゴン大学へ陸上留学するのです。
そこで、明るさと独立心を学んだといいます。

つまずいて、得たものが「明るさと独立心」であったわけです。

再起して、ロス五輪から3年半たち、大阪国際女子マラソンにでます。
そのとき沿道の観衆から「増田、おまえの時代は終わったんや!」という痛烈なヤジを受け、思わず立ち止まってしまいました。

でも最後まで走り通し「再びマラソンを走り通せた」との嬉しさから、
思わず涙が出てしまったといいます。

1992年に引退をしますが、七転び八起きのマラソン人生の中で、
明るさと独立心を学び取り、それがその後の彼女の活躍に生かされています。

つまずきが人としての心の強さと深さを培ったといえましょう。

つまずいて、また立ちあがる 2 なぜつまずくのか

人生を甘く見る

人はこのようになぜつまずくのでしょう。

歩道に石が転がっていて、それに気付かず、つまずいて転ぶことがあります。
同じようなことが人生でもいえるかもしれません。

まず考えられることは、人生は意外と厳しいものであると思っていないと、
つまずいてしまうかもしれません。

言い換えれば、人生を甘くみているとつまずくわけです。
私の場合、お話ししたようにスケート大会を甘くみていたところがあります。

冬になれば寒くなります。

ですから、その冬の厳しい寒さを知っていれば、
ストーブを出したりコタツを出したり、冬用の服や防寒具を用意して、
寒さから自分を守ろうとします。

それは冬の厳しい寒さを理解しているからです。
そんな冬を甘くみていると、凍えて大変なことになります。

アリとキリギリスの話がありますが、寒い冬に備えてアリは一生懸命夏の間働きます。

一方でキリギリスが
「アリさん、そんなに働いてどうするのですか。楽しく遊んで暮らしましょう」
と言いながら、歌を歌って夏の間遊んでいます。

冬になってあたりに食べ物がなくなって初めて、
冬の厳しさを知ったキリギリスは大変な目に会うわけです。

私たちの生活においてもいえます。

若いころ一生懸命働いて、それなりに貯蓄をし、
晩年になっても困らないようにしておくとキリギリスさんのように困らないわけです。

それは、人生は厳しいものだと知っているから、できる備えなのです。

心にも備えがいります。

お金を貯蓄するように、心の中にも「どのような生き方が正しい生き方なのか」
という教えをしっかり貯蓄をし、何か困ったことがあったら、
その教えを使って乗りきっていくことが大事になるわけです。

遊んでばかりいて心の学びをしないでいれば、
キリギリスさんのようにいつか困って苦しみ、
そのつまずきから立ち直れないかもしれません。

人の責任にする

2番目は、責任を人に転嫁(てんか)するとつまずきやすいといえます。

私はお寺に生まれましたが、お寺に生まれると結構人さまに覚えられて、
小さいころから「お寺の寛仁君は・・・」などと言われたものです。

それを「お寺に生まれたからいけないんだ」と、
お寺に生まれたことに責任を転嫁していると、
いつまでも不平不満がとまらないでしょう。

そこには努力して事を解決するという自助の精神はありません。

お寺に生まれたけれど、これも何か尊い縁だと思って、
自分の責任のもとに歩んでいくと、何か新しい発見や学びがあり、
お寺に生まれてきたからこそ、尊い日々をいただけているのだと
思えるようになります。

料理を作るにも、苦労して作った料理に「これ少し塩辛いぞ」と言われて、
「あなたの舌がおかしいのよ」というのと、「少し塩を入れすぎたかしら、 今度は気をつけてみよう」と思うのと、ずいぶんその場の雰囲気も違ってきます。
料理の姿勢も違ってきます。

「あなたの舌がおかしいのよ」と、いつまでも相手の責任にしていると、
いつかつまずきの原因になりそうです。

食べ物のことで離婚になった例もあるようですから。

準備を怠ってしまう

3番目に言えることは、準備を怠っているとつまずきやすいといえます。
これは人生を甘く見ることの延長にあるかもしれません。

私はそんなにお話の回数はありませんが、
それでも、1年間に15個ほどの新しいお話を作ります。

それを文章にして、「法愛」に載せていますが、
文章にすると、いかにお粗末なお話であったかがわかります。

そんな時に思うのです。
「よくみなさん、我慢をして私の話を聞いてくださっている」と。

自分では準備を怠らずにやっているつもりですが、
まだまだ準備足らずで、落ち込むことがあります。

つまずいては立ちあがり、立ちあがってはつまずいている、そんな感じがしています。

あるいは、死への準備もありましょう。
死の備えをしておかないと、あの世でもつまずいてしまうかもしれません。

死の準備で一番大切なのは、死後の世界を信じることです。

そして、あちらの世界で通用するものはこの世の善ですから、
今生きているうちに、よく善を積み、思いやり深く生きることが大切になります。

それを知らずに、死後の世界も認めず、善の備えもしないで、死んでいくようでしたら、
逝った世界で苦を背負い込むことになるでしょう。

つまずいて、また立ちあがる 3 まず、立ちあがる

立ちあがるために必要な考え方

このように誰にでもつまずきはありますが、
つまずいて転んだら、自分の力で立ちあがろうとすることが大事になります。

そのために必要なことは、
1番目に「人生の目標を持つこと」、
2番目に「立ちあがるまでの耐える力をつけること」、
3番目に「まわりで手を差しのべ立ちあがるのを助けてくださる方々の思いを察すること」です。

スケートの話を先ほど致しましたが、
バンクーバーの冬季オリンピックで、注目を浴びたのが、
女子フィギアスケートのジョアニー・ロシェット選手でした。

地元カナダの選手ですが、
最初の演技であったショートプログラムの2日前(平成22年2月21日早朝)に、
応援に駆け付けたお母さんが心臓発作で急死したのです。

その時、お母さんは55才だったようです。
そんな悲しみを乗り越えて銅メダルを取りました。
カナダでは22年ぶりのメダル獲得であったようです。

一時は欠場しようと思ったようですが、
なぜ母を失ったつまずきから立ちあがったのでしょう。

まず、今まで猛練習してきてカナダ代表という資格を得、
フィギアスケートでいい成績を勝ち取りたいという目標があったからでしょう。

次に選手としての緊張や母を失った悲しみなどに耐える
心の力があったこともあげられます。

もう一つはまわりの人の支えを知り、その思いをバネにして立ちあがったことです。

まず、お母さんの支えがありました。
「強くなりなさい」という母の声を聞いたとロシェット選手は言っています。

また応援する観客の思いもありましたし、
つねにそばにいてサポートしたシルビー・フレシェットさんの力もあったと思います。

フレシェットさんは、
1992年バルセロナオリンピックのシンクロスイミングで金メダルを取った方で、
当時84才の彼女は、大会直前婚約者が自殺するという悲劇を体験した人でした。
ロシェット選手の心を一番理解していた人かもしれません。

自分がつまずいた時に、
まわりの人のあたたかな支えを感じ取ることは難しいことです。

「私ばかりが不幸で、こんな目に・・・」と、
自分しか見られないのがつまずいた人の特徴だからです。

自分を支えてくれるのは、このようにまわりのあたたかな思いやりでもありますが、
叱責の場合もあります。

次の投書は「愛情あるしかり方に脱帽」という題で、大学生の女性の方のものです。

「愛情あるしかり方に脱帽」

バスに乗っていた時のことです。

小学校高学年くらいの男の子が乗車する際、
運転手の顔に小銭を投げつけました。

運転手はその子を捕まえて、
「人を傷つけることをしてはいけない。
それに、このお金は君の親が働いて君に渡した大切なものなんだ」
としかりました。

そして制帽を脱ぎ、その子と同じ目線になって、
「僕にも君と同じくらいの子がいるけれど、
もしこんなことをしたら同じようにしかる。二度とこんなことをするなよ」
と諭しました。

その子は席に座り、泣いているようでした。

運転手はその子が降りる時、
「気をつけていけよ」と優しく声をかけました。

これまでも乗客に注意する運転手をみたことがありますが、
たいていはぶっきらぼうです。

この日の運転手の方は愛情あふれるしかり方で、
いつものけだるい朝の通学が、一変するようでした。

読売新聞 平成22年2月2日

しかってこの子の将来を支えてあげる、そんな投書です。
この子がこの体験を通して何かを学び、つまずいた時の起き上がる力になればと思います。

つまずかないために

人生でつまずかない人はいないと思います。

でも、道に石が転がっていて初めは知らずにつまずいたのが、
2回目からは同じ場所に石が転がっていることを知っているので、
そこをさけて通ればつまずくことはありません。

さらに、その石を道わきに移動させておけば、
もうつまずくことはないでしょう。

人生も同じようなことがいえると思います。

最初はつまずいても、同じ出来事であれば、
それを事前に知り、何らかの対処ができそうです。

そのために、最初のつまずきから多くを学んでおくことが大事になります。
それがやがて、つまずかない力になっていきます。

そしてつまずいても起こしてくれる方々を普段から作っておくことです。
それは家族かもしれないし、知人かもしれない、職場の方々かもしれません。

そんな人たちを作るために、
つまずいている人に手を差しのべられる自分になることです。

そんな人になるためには、まわりの人や物に感謝できる自分になることです。
感謝はやがて、自分を救ってくれる力になるのです。