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法話

花を花と見る 2 幸不幸の花を見る

先月は「さまざまな見方」ということで、お話を致しました。
エンピツのこと、青い空やお骨のこと。
そしてバーベルさえも、自分のパートナーと見て、感謝の思いで抱きしめる。
そんな話でした。続きです。

努力と幸せ

いつであったか、ある男性から電話があり、私に会いたいというのです。
平成28年5月に出した『法愛』の「努力と幸せ」というメイン法話を読んで感動し、
どうしても会いたいというのです。

その男性が言うのには、
「私も努力して生きてきたけれど、この『努力と幸せ』を読んで大変感動した」
というのです。80歳くらいの男性でした。

お会いして努力についてお話ししました。
この男性の努力というのは、自分の幸せのために努力するということで、
一生けん命働いて自分の幸せを培ってきた、というのです。

そのとき私が
「自分のための努力の中に、人のための努力を少しずつ入れていくといいんです。
 その度合いによって、幸せ感が増していきます。
 それと共に人格も深くなっていくんです」
というと、
「そんな話は初めて聞きました」
と。さらに会話を続けました。
「もし努力の中に10の努力があったなら、
 1つあるいは2つ、人のための努力をしていくといいんです。
 それが自分の幸せを増すことになっていくんです」
「ああ、ほんとうにそうなんですか。いい話を聞いた」
と言って帰っていかれました。

その男性が帰った後に、私も『法愛』の5月号を読み直してみました。
そこに善の目標をかかげるということで、3つの目標が書かれていました。
この目標を持って生きていけば、幸せの花を手にすることができるということです。

1、自らの幸せのために生き、その幸せが他の人の幸せに通じていくこと。
2、そう努力して生きたら、自らが精神的に向上していくこと。
3、さらに、精神的に大きくなっていくその彼方に、
  神仏の心を知るという幸せがあるということ。

この3番目が、
見えない世界(神仏の世界)を見るという幸せに通じていくのです。

努力することで、幸せを得る。
男性との対話で学んだことでした。

フジコ・ヘミングの「たどりつく力」

物事や日ごろの出来事を幸せと見るか不幸と見るかは、その人の見方にあります。

もちろん失敗や苦しみはないほうがよいのですが、
それらのものを不幸の原因として見、人生を悔いることもあるでしょう。
でも、それを幸せの基(もとい)として見る場合もあります。

人生を振り返って、自分は不幸であると感じている人は、
おそらく人生のなかでマイナスの部分を多く見ている人かもしれません。
そうでなくて、自分は幸せであったという見方をしている人は、
人生の中にプラスの部分を多く見ている人であるといえます。

このことを、フジコ・ヘミングが書かれた『たどりつく力』(幻冬舎)という本で学んでみます。

彼女はスウェーデンの画家・建築家を父とし、
日本人のピアニストを母として、ベルリンに生まれました。
母の手ほどきでピアノを始め、10才の時に、レオニード・クロイツァーに師事し、
「彼女はいまに世界中の人びとを感激させるピアニストになるだろう」と語られたと言います。

ちなみに、クロイツァーはロシアの人で日本人の豊子さんを妻にし、
エピソードとしては、小澤征爾さんが、日比谷公会堂で
クロイツァーがピアノを弾きながら「皇帝」という曲を指揮していたのを見て、
自分も指揮者になると決心したとあります。

越えられない試練はない

この本の中にこんな言葉が載っています。

越えられない試練はない。
ただ渦中にいる時は、人はそのことに気づかない。

こんな言葉です。

この「越えられない試練はない」というのは強いプラスの見方なのです。
「こんな試練は、私には越えられない」と思う人は、
マイナスのほうを見ていることになります。

この言葉を載せている所に、次のようなことが書かれているのです。
少し要約しながら、載せてみます。幾つの時であるかは、年齢が不明なのでわかりません。

ウィーンでのコンサートの一週間前、過酷な試練を私は与えられたのです。
それは風邪をこじらせ、飲んだ薬が合わなくて、
耳が聞こえなくなってしまったことです。

右の耳は16才の時に中耳炎をこじらせて、すでに聞こえませんでした。
ピアノの音も聞こえません。コンサートは大変悲惨な結果に終わりました。

逃げるようにウィーンを離れ、
スウェーデンの首都、ストックホルムに移住しました。

まったく音の聴こえない生活は2年続きました。
当時お金がなく、その日の食べ物さえなく、
友達にお金を借りるのも恥ずかしく、途方に暮れる毎日でした。

ある時、アパートの隣の部屋に住んでいたカップルが、
「パスタがあるから食べにこないか」と誘ってくれました。
私は空腹で死にそうだったため、喜んで飛んでいきました。

するとテーブルにはゆでたパスタだけ。
ソースも野菜もお肉もなく、パスタだけお皿にのっていました。

彼らもお金がないため、他のものは買えなかったのです。
それなのに、私の窮状を見かねて呼んでくれたのです。

どんな困難な時でも、自分より大変な人がいる。
その人に手を差し伸べるという精神を、この時に学んだのです。

こんな文章です。

彼女が困難であったとき、もっと困難な人がいて、手を差し伸べてくれた。
私もそんな人になろうと学んだというのです。

これは人生のプラスの面を見ているので、幸せになれるのです。
それをいつまでも、あの困難があったから幸せになれないと思う。
この思いはマイナスの面を見ているので、幸せにはなれないのです。

不幸な人の7つの習慣

フジコ・ヘミングさんのことをインターネットで調べていると、
アメリカのタマラ・スターという女性が書かれた
「いつも不幸な人の7つ習慣」が載っていました。

とても興味があったので、その7つ習慣をノートに書き写したのです。
ここに、載せてみます。

この7つの内、3つ以上ある人は、
幸せのプラスの面をもっと見たほうがいいかもしれません。

1、人生は厳しいもの、不幸なものと思い込んでいる。
2、ほとんどの人を、信用できないと思い込んでいる。
3、世の中の正しいことより、間違っていることのほうを考えている。
4、自分を他人と比べて、嫉妬心を持っている。
5、自分の人生を支配しようと奮闘する。
    奮闘というのは、「こうあらねばならない」と頑なに思ってしまうことと、
    とらえていいかもしれません。
6、未来は不安と恐怖に満ちていると考えている。
7、噂話(うわさばなし)や悪口ばかりを話している。

こんな詩です。

この7つを習慣のように思い暮らしていると、幸せになれないということです。
まとめると、次のようになります。

人生は不幸ばかりだ。
人など信用できないし、みんな間違っている。
私よりあの人のほうが、どうして幸せなんだ。
人生はこうあらねばならないと強く思うし、明日はどうなるかわからない。
みんな嫌な人ばかりだ。

幸せな人の7つの習慣

それでは逆に、幸せになれる7つの習慣を考えてみます。
これは私が考えたものなので、どこにも出ていません。
素直に「花を花と見る」ように、「幸せを幸せと素直に見る」ことです。

1、人生は幸せであると、深く感じる。 2、相手を信頼し、人と人とのつながりを大切にする。 3、世の中の良いところ、相手の良いところを見る。 4、自分の力を信じ、相手の利点を祝福する。 5、自分のできることを、たんたんと努力し続ける。 6、明日は必ず幸せになれると念じる。 7、感謝の言葉をいつも使って生きる。

これが幸せになる7つの習慣です。
読んでいるだけでも、心があたたかくなってきます。

幸せになれる3つの習慣

この幸せになれる7つの習慣が難しければ、
次の詩のように、3つだけでも習慣にすると幸せになれると思います。
76才の男性の詩で「父」という題です。

「父」

父は子どもの頃から
家の手伝いをよくし
働き者だった

父は生きることが
不器用だったが
誠実だった

父は無口だったが
私達二人の息子を
温かく見守ってくれた

父は学歴がなかったが
その背中は大きかった

(産経新聞 平成28年9月10日付)

こんな詩です。

父は生きることが不器用で、無口で、学歴もない。
でも、その背中は大きかったと書いています。

なぜ、父の背中は大きかったのでしょう。
それは子どものころから家の手伝いをして働き者で、誠実で、
相手を温かく見守る、そんな人であったからです。

 働き者で、誠実で、人を温かく見守る。

これだけでも、幸せになれるのです。

過去の不幸と思える人生を、幸せ色に染める

よく考えてみると、
私自身、過去の不幸であった出来事はあまり思い浮かばないのです。
それだけ幸せに暮らさせていただいているのかもしれません。

でも、知らない内に、相手を傷つけてしまっていることはあるかもしれません。
そのために、微力ながら善を積まなくてはならないと思っています。

ひとつ思い浮かぶことは、
頭の後ろに丸いアザになっているところがあることです。
この話は本(『人生は好転できる』)にも書きました。

小学校2年生のころ、どこかのおじさんが
「お寺の隣のお宮の、お社への階段を上ったところにおしっこをすると白い蛇がでる」
と言うのです。

興味のある私は、実際におしっこをして、
とぐろを巻いた白い蛇を見たのです。
その蛇を見て、怖くなり、逃げて帰ってきました。

その後、そこで2人のやんちゃ坊主と喧嘩をしました。
ひとりとつかみ合いになっている時、もうひとりが、
ちょうどお宮の社側から棒で強く私の頭を叩いたのです。

その喧嘩は私が勝ちましたが、
棒で殴られた頭から血がでて、それが痒くなって、かいていたら、
膿が出て丸くハゲになり、今はアザになってしまいました。

小学生の当時は、それが神様からのお仕置きであったとは気がつかなかったのです。

『法愛』の「しきたり雑考」を書いて、
さまざまな厄(やく・わざわいの意味)などを調べていると、
神の前でおしっこをしたことが不敬にあたり、
そのために罰として、頭にアザができたと知ることになりました。

この不幸の思いを幸せな色に変える方法は、
アザになった頭を思い返すたびに、「神様はほんとうにいるんだ」ということです。
もし、このアザがなかったら、こんな思いにならなかったでしょう。
修行僧堂でも、このアザを、よくバカにされてつらい思いをしました。
でも、このアザのおかげで、神様を信じる戒めになっています。
ですから、不幸を幸せの色に塗りかえたのです。

この話をしたのが平成28年9月23日。
少し前の9月19日に、お寺の女性部のみなさんと研修旅行で、
伊勢神宮にお参りに行きました。

外宮と内宮にお参りしましたが、
外宮の隣に「せんぐう館」が出来ていて、そこも見学しました。
さまざまな神具が置かれていて、ひとつひとつ、
とてもていねいにその神具が作られているのです。

その時感じたことは、神様を祀るために、
みな心を込めて作られているのがひしひしと感じられたのです。
作り手の神様に向かう真摯な思いは、私の考えている以上のものでした。

「神様はいらっしゃる」
そして、そのお姿をかいま見ることが、幸せを見る目標になっています。
花を見るように、神様を見ることができるでしょうか。

(つづく)