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法話

人生の舵をとる 1 どうすべきかを選び生きている

今月から「人生の舵(かじ)をとる」という題でお話を致します。
このお話は平成29年3月23日、法泉会という法話の会でお話ししたものです。
136回目のことです。

選択の積み重ね

人生は小さな選択の積み重ねという言葉があります。
今までの人生の中で、何を選び、何を捨てたかによって、
幸せになったり不幸になったりするのです。

どの人も今の自分を省みると、
今まで選び取った生き方が、自分自身に現れていることになります。

今幸せであれば、幸せの選択をしてきたと言えますし、
そうでないならば、そうでない選択をしてきたことになります。

この「法愛」を読んでいれば、
「法愛」を読むという選択をしてきたことになり、
「法愛」を手に取っても、読みたいとは思わない人は、
そのような選択をしているのです。

この「法愛」を読んでいる人も、他の人に読んでもらうという選択をしている人や、
ファイルして取ってある人や、読んで片づけてしまう、そんな人もいるでしょう。

私の場合は、「法愛」を作るという選択をし、
そのために、本を読んだり、新聞や雑誌を読んだり、あるいは講演を聴き、
そこからどんな話をしようかという学びの選択をしてきたのです。
それが積み重なって、136回目の話を、こうして「法愛」に、
文章として載せることができています。
令和6年時点の法泉会では、173回目に入っています。

鬼と仏が住む

こんな言葉があります。

この体 鬼と仏と あい住める

この言葉は、青山俊董(あおやましゅんとう)という曹洞宗の尼僧さんで、
『泥があるから、花は咲く』(幻冬舎)という本の中にあったものです。

「この体 鬼と仏と あい住める」ということですから、
何かの出来事があって、その出来事が鬼となるか、仏となるかで、
人生が変化していくのです。

そして、その選択の積み重ねが、その人の幸不幸を決めていきます。
鬼を多く住まわせれば不幸になるし、
仏を住まわせれば、幸せの多い人生になるのです。

戦国武将で木村重成(しげなり)という人がいます。
この人は豊臣家の家臣で、1641年の大阪冬の陣で名をあげ、
すぐれた武将として尊敬されましたが、
1651年の夏の陣で戦死しています。
この木村重成についてのエピソードがあります。

ある時、茶坊主(僧侶とは違い、茶の湯をつかさどる頭をそった者)が、
重成の脇差に足をかけて、その脇差を蹴飛ばしながら、
「この私の大切な足を、お身のごとき腰抜け武士の脇差に汚されては、
 なすべき勤めもできない」
と言って、重成の頭を拳でポカンと打ったのです。

重成は力量抜群で、
この茶坊主を撃ち殺すくらいの力はありあまるほどあったのですが、
怒った様子もなく、下城したのです。

このことが城内に広がり、「腰抜け武士」と評判が広がりました。
そのとき重成はこう言ったのです。

「あの茶坊主は、虫のようなものだ。
 ハエが無礼をしたからと言って、いちいち咎めもできない。
 武芸も力量もみな我が君主が万一の時にお役に立つべきもの。
 ハエのためにこれを用いるのは、もったいないことだ」

この木村重成がもし怒って茶坊主を打ち据えていたら、
重成の体に鬼が住んだことになります。

しかし、怒ることもなく、その場を立ち去ったのは、
重成の体に仏を住わせたことになります。
その仏の思いは、重成が語った言葉として表されています。

鬼から変身

この話はずいぶん前になるので、
そういう人が昔いたことは大きな学びになります。
でも、私たちのごく普通の生活の中でも、起ってくる出来事です。

ここでひとつの詩を紹介します。

「変身」という題で、
お母さんが仏の心に変身した様子が、きれいな詩になっています。
52歳の女性の詩ですから、おそらくばあばで、
ママと子の様子を見て書いた詩だと思います。

変身

しほちゃんは
ながぐつの中に
田んぼの水と
オタマジャクシを入れ
持って帰ってきました
くつがバケツに大変身
ママは危うく
鬼に変身しかけたけれど
五秒数えて
五歳のしほちゃんの
お友達に
変身しました
そして一緒に一匹ずつ
名前をつけました

(産経新聞 令和6年8月28日付)

子どもが長ぐつの中に、田んぼの水とオタマジャクシを
入れて帰ってきたのですから、怒ってしまいそうです。
怒れば鬼になってしまいます。

そのとき5秒待ったのです。
そして仏に変身し、お友達になって、オタマジャクシに名前をつけました。

この5秒待ったのが、鬼から仏に変身した大きな力になったと思います。
心の舵とりが上手にできた、やさしいママです。

怒りをコントロールできますか

ある新聞に、「怒りをコントロールできますか?」という見出しで、
アンケート調査が出ていました。

1808人の人の調査で、
71%が今まで怒りを爆発させたことがあると答えています。
怒りという鬼を選ぶか、仏というやさしさや穏やかさを選ぶかで、
幸不幸が決まってきます。

ここでは、怒りをコントロールできる人が62%で、
「いいえ」と答えた人が38%になっています。

どのように怒りをコントロールするかの問いに7つほど挙げられています。

どのように怒りをコントロールするか

1 その場から離れる 484人
2 深呼吸 433人
3 初めから相手に期待しない 359人
4 感情をシャットアウト 346人
5 愚痴を聞いてもらう 312人
6 趣味に打ち込む 247人
7 さっさと寝る 232人

(朝日新聞 平成29年3月4日付)

こんな回答が出ていました。

どんな時に怒りを感じるかですが、
自分が馬鹿にされる、ないがしろにされる、
仕事での理不尽な仕打ち、家族を馬鹿にされる、などがありました。

馬鹿にされたり、ないがしろにされると、不満な思いがでて、
それが怒りになってしまうのです。

63歳の男性で、こんなコメントが載っていました。
「店長だった頃、店の展示物が間違っており、社員に直せと命じた。
 社員は掲示と反対の方向に走っていき、
 指示に従わなかったと思った私は怒った。
 だがその社員は踏み台を持って戻ってきた。
 大いに反省し、その後は怒る前に原因を探すようになった」
と。怒る前にその原因を探す選択をしたことは、大いに賢い生き方です。

38歳の女性ですが
「怒りすぎてチアノーゼが出て、
 頭部MRIをとったら脳梗塞のような画像がでた」
という意見もありました。

お寺に相談にきたご夫婦で、
奥さんが怒り狂って旦那さんに文句を言っている、そんな人がいました。
旦那さんは何も言わずに黙っていましたが、そのとき
「この奥さん、このままだと脳梗塞になるかも」と思ったのです。

後から聞く噂では、そうなったようです。自ら選んだ道ともいえます。
怒りか穏やかさか、どちらを選択するかで、人生が変わってきます。

本当のお母さんに電話を

人生にはさまざまな出来事が起きてきます。
私のお寺では時々、人生相談のような電話がかかってきます。

ある30代の男性でしたが、
不安症を治すにはどうしたらよいかという相談でした。
30分ほどの電話相談でしたが、その男性
「和尚さんの言う方法で、治らなければ責任を取ってくれますか!」
と。心の中で
「どうして見ず知らずのあなたに、私が責任をとらなくてはいけないのか。
甘えるのもほどほどにしなさい」と思い、
受話器をガシャと置いて、電話を切ったのです。

すると30回ほど電話を掛け直してきましたが、一切出ませんでした。
その後はかかってきません。まだまだ未熟な私です。

こんな女性もいます。
頭が下がるような、穏やかな対応で、
上手に人生の舵とりをしていると思ったのです。

ある新聞に「本当の母に電話して」という題で、
77歳の女性が書かれた投書です。

本当の母に電話して

夜8時ごろ、電話のベルが鳴った。
今頃誰からかなと思い受話器を手にすると、
「ボク〇〇だけれど。こんばんは」と息子の名前を言う。
でも、息子とは声も口調も違う。

「ついに来た! 我が家にもなりすましの電話」と思い、
どんな話をするのか会話を続けてみることにした。

「今どこからかけてるの。何か用事?」と私。
「会社から。しばらく話をしてないからどうしているかと思って」

私の息子は、ひと月前に我が家に来たばかり。
用事もないのに職場から電話をよこすなどありえない。

一体どこからの情報で息子になりすましているのかと思い、
「誕生日はいつだっけ?」と聞いてみた。

「どうして?」
「そろそろ誕生日のはずだから、何かお祝いしようと思って」
「50年の〇月〇日だよ」
「私そんな日に産んだ息子はいないんだけど」 「そうですか」と言って電話は切れた。

息子より4歳若いのだなあと思いながら、もうひと言話したかった。
「君を産んでくれた本当のお母さんに電話をしてあげて」と。

さまざまな勧誘には気をつけなければと思う今日このごろです。

(朝日新聞 平成28年2月3日付)

こんな投書です。

かかってきた電話にでて、息子ではないと思った。
けれども、少し話をしてみようと話し、
その話し方が温和でやさしい応答です。
電話を切った後に
「あなたを産んでくれた本当のお母さんに電話しあげて」という思いは、
とても尊いと思います。穏やかな人柄が感じられます。

この人は、人生の舵をどのようにとって、生きてきたのでしょう。

「できる」ようになるためには

このお話を書いているとき、
『耳が聞こえなくたって』(KADOKAWA)という
牧野友香子さんが書かれた本を読んでいました。

耳が聞こえないのに、どんな人生を選択して生きてきたのか、
とても興味があったのです。

耳が聞こえる人にとって体験できない、多くのことが書かれていて、
とても勉強になったので、彼女について少し書いてみます。

牧野さんは36歳の女性で、結婚もしていて二人の子がいます。
上の子は難病で、本には「無理、無理」と言いながら子育ての苦労が書かれていて、
その子の出産をきっかけに、全国の難聴の未就学児の教育支援や、
親のカウンセリングを行う会社を立ち上げ、積極的な活動をしています。

この本の中に、耳が聞こえないことをどう思っているのか。
耳が聞こえないという人生をどう考え、
人生の舵を取ってきたのかが書かれています。
そのところを抜粋してみます。

意外に思われるのですが、
「なんで、自分だけが聞こえないんだろう。聞こえたらよかったのに」
と思ったことはないんです。

私は、生まれた時から耳が聞こえません。
〝聞こえる世界〟を知らないのもあって、
そんなに聞こえる世界をうらやましい!って思わないんですよね。

親に、「どうして聞こえるように産んでくれなかったの?」
と言ったことも、一度もありません。

私にとって聞こえないのが〝当たり前〟であって、
その事実は変えられない。
聞こえるようにするというのは、どう頑張ってもできないこと。
だから、そのことに対して努力をしたことはありません。

もちろん、聞こえないことで困ったりへこんだりすることはあります。
だからといって「聞こえるようになるといいなあ」ではなく、
「聞こえない私が『できる』ようになるにはどうしたらいいかなあ?」
と考えていまいした。

聞こえない私が「できる」ようになるにはどうしたらよいかという選択をし、
明るく前向きに生きています。人生をどう舵とりしていくか。
大切な生きる視点です。

(つづく)