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法話

人生の舵をとる 2 自分で舵をとり、生きていく

先月は「どうすべきかを選び生きている」という題で、
人生は、その人が何を選びとって生きてきたかで、
人格や、幸不幸が決まってくるというお話でした。
「この体に 鬼と仏と あい住めり」という言葉が思い出されます。では、続きです。

不思議な出来事

先月、青山俊董(しゅんとう)さんが書かれた
『泥があるから、花が咲く』という本の紹介をしました。
その本の最後のほうに、祖父様のことが書かれています。

おじいさんは、御嶽教(おんたけきょう)の大先達で、
御嶽山の御神体を迎えてお宮まで作り、
家の裏には修験道の行者さんが巡礼できる築山まで作った人であったようです。

青山さんのお母さんが、俊董さんをみごもったとき、
15年も前に亡くなったおじいさんが御嶽講のお座にでて、
「このたび懐妊した子は出家するであろう」と御託宣したようです。

御託宣の意味は
「神が人にうつり、また夢などにあらわれて意志を告げ知らせる」
とあります。そんなことがあるのです。

そして生まれたとき、またおじいさんがお座にでられて、
「信州で出家するであろう」と、ほとんど一生の予言までしたといいます。

それを聞いた信州の無量寺の住職をしていた、お父さんのお姉さんが、
俊董さんが5歳のときに、無量寺に連れて行ったようで、
やがて出家し、そのお寺の住職になっています。

自分で人生の舵をとり、
さまざまなことを選び取って生きていくのですが、こんな予言もあって、
尊い人は、どうも生まれる前に、人生の計画をたててくるのかもしれません。

最高の生き方に舵をとる

この本の中に、人は変われるものだなというエピソードが載っていました。
人生を「自分が変わる」という方向に舵をとったといえます。
まとめて載せてみます。

俊董さんのところで2泊4日の参禅会があったとき、
その会が終わって、ある一人の老婦人が人生相談にきました。

その女性は、定年退職後の夫との二人の生活がやり切れなく、
話している内に、その女性の顔が鬼のようになって、
最後に「夫を殺したい!」という言葉まで飛び出したのです。

俊董さんは彼女に言いました。
「三十年、四十年を共に人生を歩んできて、
 最後にそういう別れ方をせねばならないことは悲しいね。
 別れていいから、最後だと思って三日間だけでいいから
 最高のあなたのあり方をしてみてくれませんか。
 長年共に暮らされた人だから、
 ご主人の好物はだれよりあなたが知っているはず。
 ご主人の好物を、心をこめて作ってね。
 とにかく三日間だけでいいから、
 最高のあなたのあり方をしてから別れてちょうだい」

その婦人は、「三日でいいですか? それならやってみます」と、
俊董さんに言いました。

こんな話です。

この婦人は俊董さんの言ったように、最高の自分を演じたのです。
その結果、ご主人から俊董さんに電話があって、
「たった三日間の参禅会で、妻をこんなに変えた先生に会いたい」と。
それ以後、このご夫婦は共に参禅会に出て、教えを聴く晩年を過ごしたようです。

どのように生きたら幸せになれるのか。
その舵とりで、幸不幸が決まっていくのです。

身近にある選択

このような例は、人生で何度もあるものではありませんが、
日々私たちは身近にあるものを選びながら、
人生の舵をとって暮らしています。

たとえば、食事のためにスーパーへ買い出しに行きます。
いろんなお店があるので、どのお店に行くか選ばなくてはなりません。
選んだお店で食品を求めます。
値段をよく見て買う人、値段を見ないで買う人がいます。

このお話のとき、聞いてくださっている方々に、
「この中で、値段を見ないで買う人はいますか」と尋ねると、
何人か手をあげていたので、そんな人もいるのです。

中には、安いものは何か、賞味期限はいつかと、
よく選んで買い求めている人もいます。
安いものがいいと、その食品を買ってきて包丁をいれると、
中が腐っているということもあって「安物買いの銭失い」という
ことわざを思い出しては、がっかりする時もあります。

いまセルフレジといって、利用者自身が清算する所も増えています。
そこで利用する人の様子を見ているレジ係の人の悩みが、
ある新聞にでていました。

この女性は15年ほどレジの仕事をしているようで、
セルフレジを見ているだけの仕事で、体は楽なのですが、
精神的に疲れるというのです。

何故かというと、野菜を清算していないお客さんに
「バーコード通っていないですよ」と指摘すると、
「他の店で買った」と怒られたというのです。

あるいは明らかに清算せずに、マイバックに商品を入れる人もいて、
指摘するとにらめつけながら清算したり、清算せずにお店を出たり。
そんなお客さんもいるようで、
セルフレジで、こんなに悩むとは思いませんでしたとありました。

このようなお客さんの行動は、その人の舵とりが明らかに間違っていて、
どこかでその償いをしなくてはならないと思います。

このレジの女性に対して相談を受けた方は、
「困ったときは、聞いてくださいね」という
笑顔の眼差しで接するといいと思いますと、コメントしていました。

日常の生活のなかで、こんな小さなことの中にも、
幸不幸を決めてしまう場面もあるのです。

どんな生き方を選び、人生の舵をとっていくかを、
その都度、どん欲をおさえ、素直な思いで、決めていくことが大切になります。

人生の道

長野県飯田市で天竜舟下りがあります。
天竜川を木造舟で下るのです。

私も一度体験したことがありますが、
岸から見る景色と、川の中から岸を見る景色がずいぶん違い、
とても眺めがよかったことを記憶しています。

転覆したらどうしようという思いもありましたが、
舟の舵をとるのは竿で、それを船頭さんが上手にあやつって下るので、
安心して楽しむことができました。

舟下りは川の流れにそってくだればいいのですが、
人生の川の流れは簡単ではありません。

車も作られた道を走っていけば、目的地につきます。
規則に従って運転すれば、どこまでも自由に行くことができます。
舵を取るのはハンドルですが、すでに作られた道を走るので、
難しくはありません。

でも、人生の道は自分で切り開いていかなくてはなりません。
広大な人生という大地に、自分自身の道を選びとり、
作り上げて、進んでいかなくてはなりません。

その道を運転していくのは、本人自身です。
そして、何を選び、捨てたかによって、行き着く先が、
幸せの園か不幸の園かに、わかれていきます。

いじめてしまう生き方

ある新聞(毎日新聞 平成29年1月21日付)に、
「中1女子の名に『菌』をつけ」という題で、
福島から新潟に避難してきた女子生徒の事が載っていました。

平成23年3月11日に起こった東日本大震災のとき、
福島第1原発の事故がありました。

そのため、新潟県北部に避難してきた公立中学1年の女子生徒が、
同級生から「菌」をつけて呼ばれるといういじめを受け、
そのため登校できずにいることがわかったというのです。

県教育委員会などによると、
女子生徒へのいじめは1学期の終わりごろから始まり、
複数の生徒が女子生徒の名前に「菌」をつけて呼び、
ばい菌扱いをして鬼ごっこをするなどしていたようです。
この女子生徒は避難後の小学校でもいじめを受けていたようです。

このことで女子生徒が親に相談し、親が学校側に連絡をして、
学校側は、いじめに関与した複数の生徒を指導し、
この女子生徒に謝罪をしたとありました。

相手の気持ちを理解する人であれば、いじめはよくないと判断できますが、
そこまで心の力のない子は、いじめという生き方に舵をとり、
相手を傷つけてしまうのです。

それが自分自身をも傷つけてしまっていることもわからないのです。
どのように、人生という道を正しく歩んでいくか、とても難しいことです。

体験してみないと理解できないこと

またこんなこともあります。
体験してみないとわからなくて、
そのために相手を傷つけてしまうこともあるのです。
人生の舵とりの難しさを思います。

このことをひとつの詩から学んでみます。
54歳の女性で「ごめんね」という題です。

ごめんね

料理は
主婦の義務でしょ

働く母に
生意気な口をきいた

今 仕事帰りに
惣菜市場で
手に取るコロッケ
無機質なパックの音

遠い自分の言葉が
くたくたの心に
つきささる

(産経新聞 平成29年2月28日付)

こんな詩です。

まだ若かったころ、
母に「料理は主婦の義務でしょ」ときつい言葉を言った。
そのときは当然と思っていたのが、自分が母になり仕事をして、
家族の食事を作らなければならなくなった時、
お惣菜で済ませてしまう自分を省みて、
母に申し訳ない言葉を使ってしまったと後悔しています。

それを「くたくたの心につきささる」という表現で表しています。
母と同じような体験をして、母の気持ちが分かり、
反省という心の舵をとり、この詩には出てきませんが、
母に「ごめんなさい」と謝っている。そんな思いが伝わってきます。

誤って舵をとり、相手を傷つけてしまったときには、素直に謝る。
そんな人生の舵とりは必要なのです。

人生最後まで舵とりは続く

人生最後まで修行だという、そんな言葉もあります。
人は死をいただく時まで、人生の舵とりは続きます。

最期といえば、「あの世がある」という選択と
「あの世などない」という選択があります。
どちらの道に舵をとるかで、その人の幸不幸が決まってきます。

できれば「あの世はある」のほうへ、舵をとっていくことをお勧めします。
よく「死ねばわかる」と私は言うのですが、無責任で言っているのではありません。

佐藤愛子さんはたくさんの本を書いていますが、その中に
『ああ面白かったと言って死にたい』(海竜社)があります。
その中の「人生の宝」という章の中に、
松下幸之助さんとの出会いが書かれていました。

佐藤さんがたくさんの借金と戦っていた時、
松下さんと対談したことがあったようです。
松下さんは佐藤さんの生き方について、こう言ったのです。

「佐藤さん、それは愉快な人生ですなア。実に愉快だ」

佐藤さんはそのときムッとしたといいます。
「このおじさんカネモチなものだから、勝手なことをいう」
と思ったようです。

でも、今になって、
「ああ愉快な人生だったなア」
と思うと書いています。

佐藤さんは、借金がふりかかってきたからこそ、
ぐうたらに一生を過ごさずにすんだと言い、こんなことを書いています。

神は私たちにさまざまな苦しみを与えられたが、
その代わりに私を助けてくれる人々をもつかわして下さった。
それを今、私は神に感謝する。

もし私に苦難が与えられなかったら、
私はそれらの人々の愛情と理解に巡り会えなかっただろう。
それは私の人生の宝だ。

こんな文章です。

できれば苦労をしたくないのですが、
誰にでも苦労の人生が与えられています。

そこに支えてくれる人、助けてくれる人がいて、
その苦労を正しい方向に舵をとり、乗り越えていったとき、
その苦労が自分自身を育て、さらには「ああ面白い人生であった」という
境地というのか、思いが抱けると思います。

できれば、死を受け取るとき、
自分の幸せはもちろんのこと、
その幸せを相手に分けてあげる生き方をし、
「ああ、楽しい人生であった」といって、この世を去っていく。
そんな人生の舵とりができればと思うのです。

(つづく)