法話
人生の竪琴を弾く 2 自分という絃をととのえる
先月は「みんな美しい音色を持っている」ということで、
自分を楽器にたとえてのお話でした。
「ありがとう」の音を出すために、足りないところばかりを数えるのでなく、
与えられ、恵まれているところを数えると、大切なものが見えてきて、
ありがとうの曲を弾くことができる。そんなお話でした。続きです。
農夫の歌
お釈迦様が苦行を捨てるとき、こんな農夫の唄を聞き、
その唄の意味を悟り、苦行をやめたのです。
その農夫の歌う唄は、
絃が強いと切れてしまう
弱いと弱いでまた鳴らぬ
ほどほどの調子にしめて
うまく弾くがよい
苦行は絃が強く張っている状態で、やがて身体を壊してしまう。
弱いというのは、楽な生活ばかりを追い求めているとなまけ心が出て、
自分をだめにしてしまう。だから、厳しすぎることなく楽すぎることなく、
中ほどの生き方、すなわち、人として正しい生き方を求めて生きる、ということです。
厳しすぎても遊んでばかりいても、人としての向上は望めないのです。
ポポラララーンの曲
この農夫の唄は、2600年ほど前の唄ですが、
現代で、こんな詩を書いた人もいます。
48才の女性の詩で、「ポ♪」という題です。
自分の絃の張り方が上手に表現されています。
「ポ♪」
キチン キチンと
過ごしていると
カチン カチンと
音がして
心も体もきゅうくっつ
ダラーン ダラーンと
過ごしていると
ボヨーン ボヨーンに
なっちゃって
なんだかちょっと
イケてない
♪ポポラララーン♪
こんな感じで
いかがでしょう
(産経新聞 平成28年9月4日付)
こんな詩です。
キチンキチンと過ごしているとカチンカチンになってしまう。
ダラーンダラーンと過ごしているとボヨーンボヨーンになってしまう。
キチンが絃を強くしめている状態で、ダラーンが絃が弱すぎる状態です。
ですから「♪ポポラララーン♪」と生きる。
何事もあまり気にせず、明るく元気に、自分の曲を奏でて生きる。
そんな生き方でしょうか。
自分の曲を奏でる
こんな短歌がありました。
読売新聞の「四季」という欄に
峰由美子さんの作られた歌が紹介されていました。
夫が言う「ただ居てくれるだけで良い」
そんな人にはなりたくはなし
(読売新聞 平成29年6月18日付)
俳人である長谷川櫂さんが選んだ短歌で、こんな説明がされていました。
「世の中に男の勝手があり、女の甘えがある。その逆もあるだろう。
この二つが合わさると快適な馴れ合い関係が誕生する。
作者はそれをきっぱりと拒絶する。
確かにそんな夫婦にならないほうがいい。
歌集『アフター・トーンズ』から」
「ただ居てくれるだけで良い」という、
そんな考えをする男の人もいるかもしれません。
ただ、たとえばビオラのようなあなたは音を奏でなくてもいいから、
飾り棚に置いて眺めていたい。こんなふうにも取れます。
ビオラという楽器なら、妻としてビオラの音を奏でて、
夫と苦楽を分かち合って生きていく。
そのほうが、幸せになれるのではないかと思われます。
ひと休みして考える
自分という絃をととのえるために、
ひと休みして考えることも大事になります。
「大法輪」という仏教に関する文章を載せていた雑誌がありました。
今は廃刊になってしまいましたが、この雑誌が出ていたころ、
私もずいぶん書かせていただいたのです。
平成29年8月に、この「大法輪」から
「特集 ブッダ・高僧が一番、言いたかったこと」という中に
「一休」があって、その一休を書きました。
一休というのはマンガにもなっていて、頓知で有名なお坊さんです。
難しい部分ははぶきますが、
「苦しみの家」から、「幸せの家」に行くのに、
ひと休み(一休)して、どうすればよいかを考えるのです。
そうして自分をととのえ、幸せの家に行くのです。
あるいは「失敗の家」から「成功の家」に行くためにも、
どうすれば「成功の家」に至って、自分の曲を奏でればよいかを、
ひと休みして考えるのです。
感謝の滑り
このことを浅田真央さんのことで文を書いたのです。
そこを引用してみます。
少し長くなりますが、私の書いたものなので問題はないと思います。
文章は「である」調です。
失敗したときのことを考えてみよう。
人生には失敗はつきものだが、
失敗したからといっていつまでもくよくよしているのでなく、
その「失敗の家」から、いったん外に出て一休みし、
何がいけなかったのかをよく考えること。
そして乱れた心を一つにして「成功の家」に入る方法を考えるのである。
今年(平成29年)4月12日に、浅田真央さんの引退の記者会見があった。
浅田さんは2010年のバンクーバー冬季五輪で銀メダルを取り、
世界選手権では三度の優勝を果たしている。
この引退会見では、
「体も気力も出し切ったので、今は悔いがない」と笑顔で語った。
浅田さんが引退を表明した直後のあるアンケート調査で、
今までの一番の名演技は何かと尋ねたところ、
14年前のソチ五輪でのフリーの演技だと答えた人が大部分であった。
あの時、ショートプログラムでは、
すべてのジャンプに失敗し、16位と出遅れてしまった。
演技が終わったとき、うつろな目をしていたのが印象的であった。
それをどのように克服したのか。
「失敗の家」にいつまでも安住していれば、立ち直れない。
多くの人の支えの言葉をいただいた。そして静かに考えた。
「昨日は、感謝の滑りという気持ちが薄いから、
五輪の怖さが勝ってしまった。
今日は感謝の思いをこめて最高の演技をしよう。
それが先生や支えてくれた多くの人への恩返しになる」
(『Number』特別増刊浅田真央より)
そう思い返し、一晩一休みして、
乱れない心を取り戻した。
そして滑った。
すべてのジャンプを成功させ、演技が終わると、
みながスタンディングオベーションでたたえた。
自己ベストを更新した点数で、結果は10人抜いて6位という成績。
メダルは取れなかったが、スケート史に残る名演技であったと思う。
「失敗の家」から「成功の家」に入ったといえる。
そこに至らしめたのが、恩返しという感謝の思いであった。
困ったことや苦しいことがあったとき、
その家を出て一休みし、どうすればいいかを考え、
結論がでたら、幸せの家に入る。
そうすることで、本来の自分の力を出すことができるのです。
浅田さんの場合は感謝することでした。
あの演技は、感謝の音色が響きわたった演技だったのです。
過去と今と未来の絃の張り方
私たちはいつも今というこの時を生きています。
この今に自分の生き方を現わしていくわけです。
そのために過去にとらわれず、未来にもあまりとらわれない。
そんな生き方が、自分という調べを弾きこなすコツではないか
と思われます。
過去に起った失敗や嫌なことを
いつまでも引きずって苦しんでしまう。
あるいは、未来を思い、不安でたまらないという
取りこし苦労で悩んでしまう。
そうではなく、過去の出来事をよき体験としてしまう。
よき学びとして、知恵に変える。未来には希望を持ち、
必ず幸せになれる。そう念じて今を生きることが大切です。
とかく私たちは嫌なことは忘れられない。
相手に嫌なことをしたのは忘れてしまう。記憶にない。
してあげたことは覚えていて、していただいたことは忘れている。
みな小さいころ母や父に抱かれ、手をつないで歩いたこと、
ご飯をたべさせていただいたことは忘れている。
一人ではここまで生きてこられなかったことを顧みながら、
受け取った恩を大事にすることが大切に思います。
でも最近は、つらい家庭を抜け出したいと、
親の理想の押しつけや過干渉に悩む子が増えていて、
そんな子ども達を支援している人もいます。
それぞれに、自分に課せられた問題をかかえています。
その問題の解決のために負けず、上手に自分の絃をほどほどの調子にしめて、
今を自分らしく生きていくことです。
やわらかな母の手
小さなころ、母や父と手をつないで歩いたことを忘れてしまう、
というお話をしましたが、こんな詩がありました。
68才の男性の詩です。題は「贈り物」です。
「贈り物」
幼い日 母と手を
つないだ記憶がない
まして成人後
そんな機会など皆無だった
母と手をつなげたのは
母が息子の顔を忘れた
あの日からだった
血管が浮き上がって
染みだらけの
だけど
やわらかな母の手
私は思う存分
その手を握って歩けた
あれは認知症の母がくれた
贈り物だと 今は思う
(産経新聞 平成29年7月16日付)
小さいころきっとこの人は、母と手をつないだと思う。
でも、すっかり忘れてしまった。
小さいころのことは、多くの人は忘れてしまいます。
母と手をつなぐその時が、母が認知症になったとき。
染みだらけだけれど柔らかな母の手。
その手を握って歩いた。
母とこの詩の作者のあたたかなひとときが、よく詩に表されています。
幸せな曲が流れてきます。
この曲を聞いた私も、幸せなひとときを過ごすことができます。
軽々しく衣をまとわない
過去の出来事をよき体験とすると前に書きましたが、
私自身、過去の出来事を、どれだけよき体験としたかは
定かではありません。
気がつかないまま見過ごしてしまう、
そんなことがたくさんあったかもしれません。
昔の話で、この「法愛」にも書いたことがあるかもしれません。
父が亡くなり、私は大学を休学して修行僧堂に行くことにしました。
父の兄弟子が、静岡の臨済寺というところで
老師として修行僧を育てていると知り、
修行僧の姿で、伊那からその寺に歩いていったのです。
何日目か覚えていませんが、
歩いている途中、前の方から一人の男性が来て、
私に何がしかのお金を渡すのです。
そして
「坊さんは、善光寺のほうから来たのですか」
「そうです」
「私の娘が今病気なんです。
どうかお経を読んでやっていただけませんか」
そのとき私は、お経が一つも読めなかったのです。
逃げるようにその場を立ち去ったといってもいいでしょう。
恥ずかしい限りです。
そのときの体験を思い起こし、
「お経も読めないのに、安易に衣を着るな」ということを学びました。
お釈迦様も
「袈裟をつけているからといって性質が悪く、慎みのない者が多い。
かれらは悪い振るまいによって、地獄に堕ちる」
と言っています。
悪いふるまいからは、美しい曲を奏でることはできません。
心して受け取っている、私の体験です。
(つづく)
