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みにミニ法話

(294)「徳を思う」

徳は思いやりの中にあります。
不徳は自分のことばかり考え他を省みないところにあります。

徳のない自分を作るには、貪欲で怒り多く不満や不平を言っていれば、
決して徳を培うことはできません。

その反対に足ることを知り、いつも穏やかで、
他を思う智慧(ちえ)深い生き方をする人に徳が芽生えてきます。

5月は新緑の季節で、木々から緑の葉が芽生え、
やがて青々した葉を木に花を咲かせるように茂らせます。

その力はどこからくるのでしょう。

冬の寒い日々を耐えて、その中で葉を茂らせる力を蓄えています。
言葉でいうのは優しいかもしれませんが、木々にとっては大変な苦労かもしれません。

同じように徳も耐え忍びの時を経て培われていくものです。
そう考えると、やすやすとは徳を自分のものにすることはできないでしょう。
長年、足ることを知り、心穏やかで、他を思う気持ちを育てっていって、
徳がしだいに身についていくわけです。

「私は徳のない人間だ」という人もいますが、
徳は一日や二日でできるものでなく、長年の積み重ねにあるのですから、
微力であっても少しずつ努力して徳を積んでいけばよいのです。

一滴の水が長い間を経て、石に穴をあけます。
固い石に穴があいているのを見て、絶えず努力を惜しまない小さな一滴の努力を思います。

私たちも日々、徳を積む精神を忘れずに、たんたんと努力をしていく心構えが必要です。
その道のりは大変かもしれませんが、その道のりそのものが、
また幸せの道であるのかもしれません。

小さな木が大樹となって花開いた時、
多くの人が大樹の木陰に集って、そこで談笑し幸せの時を過ごすように、
徳という大樹を育てた人のそばには、多くの人が集まってきて、
その徳という幸せの果実をいただくことができるようになるのです。

そこまでいかなくても、一人の凡人として、徳の道を歩いていると、
きっとそこにさまざまな尊い出会いと、幸せの出来事を発見できるでしょう。

我欲を捨て、足ることを知り、怒りを抑えて心穏やかに、
そして正しく生きる智慧を学びながら、相手の幸せを願う。
そんな生き方に徳の大樹が育てられていきます。