みにミニ法話
(299)「幸せの意味」
幸せの意味の前に、幸せになるためにはどのような考え方、
あるいは生き方が必要なのでしょう。
幸せになるためには、人が幸せにしてくれるのでなく、
自分の努力で幸せを作っていくということです。
さらには大きな幸せばかりを求めるのでなく、
日常の小さな出来事のなかにも幸せがたくさんあることに気づくことです。
今日も家族の語らいがあった。
今日も一日働けた。
今日も空を眺めて気持ち良い思いになった。
路傍(ろぼう)に咲く花を見て、うれしく思った。
今日も育てた野菜がとれた。
さまざまに日常の出来事のなかに幸せが転がっています。
その小さな幸せをどう見つけ出すかによって幸せ感が変わってきます。
宝くじが当たって幸せであったとか、誕生日にみんなに祝福された。
そのような特別なことも幸せになれますが、
そんな特別なことばかりが幸せであると思っていると、
やがて小さな幸せを見つけ出すことはできないとうことです。
その意味でも、幸せは自らの力、
あるいは生き方で見つけ作り出していくということです。
そうして幸せになれた。そこにはどんな意味があるのでしょう。
それは幸せになるために生まれてきたと考えられます。
みなこの世に不幸になるために生まれてきた人は誰もいません。
その考えの根底には、あの世に住む世界があって、
みなこの世に学びのために生まれ、その学びの辛さの中に幸せを見つけ出し、
その辛さを和らげる、そんな意味もあるかもしれません。
そして、学び取った体験そのもの幸せに通じていき、
魂の大切な生きるエネルギーになっていくと思われます。
さらに考えられることは、自分の幸せだけでなく、
さまざまな人との触れ合いの中で生きている私たちであるので、
相手の幸せを考えていく、あるいは相手をも幸せにしてあげる。
そんな意味が幸せにはあると思えます。
自分が幸せを手に入れたら、その幸せの力を転化させ、
身近な人にもその幸せの味わいを分けてあげる。
そんな小さな出来事が積み重なって、この世を幸せのみ国に変えていく。
そんな使命が私たち一人ひとりに与えられている。そんな気が致します。
秋の味覚を味わえば、
この美味しさを家族の人に味わってほしいと思うのが優しい思いで、
共に幸せになれる。ここに幸の意味があります。
