みにミニ法話
(304)「希望を抱く」
希望とは、願い望むこと、
あるいは将来よいことを期待する、ということです。
努力すれば、必ず報われるとか、
この場を逃げないで頑張れば、必ず幸せを手なれる。
こんなことも希望といえます。
ですから希望を持っていれば前に進むこともできますし、
七転び八起についていえば、この希望がどれだけ強いかで、
七回のところ七回でなく、八回まで起きることができるわけです。
この希望の反対が、希望を失うことで、失望です。
人の心を不幸の闇で包む唯一の剣(つるぎ)が、
この失望だと言われています。
どんな人間でもこの失望という剣を撃ち込まれると、
闇に沈み悪魔の思うつぼになると言われているのです。
特に、年を取り老いていくと、希望を失い、
死を待つだけの、そんな生活を強いられる人もいるでしょう。
その人の目には輝きはなく、生きる力も失われていきます。
そんな生き方を脱するためにも、いつも希望を失わないことです。
そのために日頃から、人のお役に立てる自分でありたい
と思っていることだと思います。
私には何か人のためにできることがある。
それが笑顔やほほえみであってもいいし、
感謝の思いや「ありがとう」の言葉であってもいい。
そう心に念じ、自分が必要な人間として生きる決意をしておくことです。
人に必要とされるようになると、
皆が集まってきて、笑顔の輪ができ、
その笑顔の輪に包まれ幸せになれるのです。
さらには、死んだらお終いという考えを切り替えて、
この肉体が使えなくなっても、魂という存在になって
生き続けることを信じることです。
そう思えば、今生きている、その生き方が、
やがて死をいただき、あの世に帰ったあとも、
その希望を持った生き方が、あちらの世界でも生かせられ、
さらに幸せを得ることができます。
この世で善を積んだ人は、あの世で善なる人たちが迎えてくれる。
これが仏教の基本的な教えです。
オリンピックやさまざまなスポーツなどを観戦すると、
選手はみな希望を持って戦っています。そのはつらつとした姿に、
生きる力をいただけます。
希望は、自らを強くし、また相手に強く生きる力を与えていくのです。
