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みにミニ法話

(307)「苦難の雨」

六月は梅雨に入り、雨の降る日が多くなります。
アジサイの花は雨に打たれて嬉しそうに見えますが、
雨が長続きすると、水があふれ、川の決壊などがあって、
大変な思いをする時もあります。

人生にも雨ならぬ苦難が降り注ぐときがあります。
毎日笑顔で暮らせるのが最適ですが、そんなに人生は甘くなく、
日々の生活を確保するために、働かなくてはなりません。

その仕事もみな楽なものでなく、お金をいただくというのは大変なことで、
家族のため、また自ら生きるために働いています。

そんな生活だけでも大変なのに、
人生には上手くいかないことが多々でてきます。

愛する人との別れがあり、
逆に会いたくない人と一緒に仕事をしなくてはならない、
そんな時もあります。

病の苦しみがあったり、老いて介護される、
あるいは介護をしなくてはならない。
認知を患って、家族に迷惑をかけたり、失敗して落ち込んだりと、
さまざまな苦難の雨を受けなくてはなりません。

人生には無駄なことは一つもないという言葉のように、
それらの苦難を無駄にしない受け取り方をすることで、
乗り越えていくことができるのです。

「亡き娘から、ありがとう」という46才になられる女性の方の投書です。

「亡き娘から、ありがとう」

1月に、5歳の娘が天国に旅立ちました。
病気一つしたことのなかったのに、インフルエンザで突然の出来事でした。

ただ不思議なことに、亡くなる1か月前から、
自分の死を知っていたかのような言葉を繰り返していました。

「死にたくない」
「ママに会えて良かった」
「ママのことは忘れない」

娘のいない毎日がつらく、涙を流す日々です。
しかし、亡くなった後、娘が大事にしていたキティちゃんの袋から
私あての手紙が見つかりました。

そこには「ママ、ありがとう」とありました。
私を選んで生まれ幸せな一生を送ってくれたと思いました。

私も娘にお礼を言いたかったのですが、かないませんでした。
それでも、今そばにいて見守っていると信じています。

(読売新聞 平成30年5月21日付)

悲しい別れですが、
5歳の娘さん、ありがとうの言葉を残して逝かれました。

苦難の雨もやがて「ありがとう」の言葉でいえる、
そんな日がきっとくると信じて、日々負けずに生きていくことが、大切に思います。