みにミニ法話
(308)「安らぎの家」
ごく普通に考えても、みな自分の家が一番いいと言います。
病気で入院していると、早く家に帰りたいと思ったり、
その入院も家に帰れないほど重症で苦汁に満ちた顔をしていても、
家に帰ると笑顔がこぼれ、病気も快復に向かうこともたくさんあります。
そんな家も、みんなが笑顔で暮らし、
支え合っているからこそ、です。
そんな家を作っていくのも大変なことで、
互いが奪い合い、してほしいことばかりを求めていくと、
やがて家も崩壊し、安らぎどころか、
互いがにらみ合うそんな場になってしまいます。
家を安らぎの場に変えていくのは、家族それぞれの理解と、
そんな家を作っていこうとする互いの努力がいります。
ある新聞に、こんな投書がありました。
お父さんが、一生懸命働いて家族を守っている様子がよく分かります。
そんな父の姿が、家族を強く結びつけ、安らぎの場にしているのです。
76才の男性の方の投書です。
父は長年、設備の悪い鉄工所で下積みの仕事を余儀なくされた。
その無念が我が子の教育に向けられ、子ども4人は高校に入れるのだと言って、
人の嫌がる溶鉱炉の釜たきを10年以上続けた。
爆発事故では九死に一生を得た。
大きなやけどを負うことも度々だった。
私たちは、
危険な仕事は辞めるよう何度となく言ったが、譲らなかった。
好きなお酒やたばこを控え、家族のために我が身を削って生きた。
教えは「人を羨ましがらず、普通の生活のために努力せよ」
だった。
(読売新聞 平成30年6月10日付)
こんな文章です。
お父さんが4人の子どものために一生懸命働き、
それも危険な仕事も家族のために、嫌がることなく働いたと書いています。
このお父さんのお陰で、
家族は安らぎの日々を送ることができたわけです。
さらには、残した教えの言葉があります。
「人を羨ましがらず、普通の生活のために努力せよ」
人はとかく、まわりの幸せそうな家に嫉妬しがちです。
そんな嫉妬をせず、自分の生活を調え、そのために努力するという姿が、
我が家を安らぎの場にしていくと思われます。
家族みんなが理解し合い、他の家のことをうらやむことなく、
ごく普通の生活ができるようにと、日々努力していく。
そんな家が安らぎの場になっていくのです。
