ことわざ雑考(7)
騏驥も一躍十歩なる能わず
今月のことわざは「騏驥も一躍十歩なる能わず」です。
「ことわざ・名言辞典」(創元社)
騏驥の騏(き)は、くろみどりのすぐれた馬で、
驥(き)も同じく、一日千里も走るすぐれた馬の意味です。
ですから毛色の美しいすぐれた馬という意味になります。
そんな馬でも一飛びに十歩することはできないところから、
賢者の学を成すには、一歩一歩努めなくてはならないという意味になります。
フランス(令和6年7月27日から)でオリンピックが開催されました。
それぞれの国から選ばれた選手たちが闘いましたが、
彼らが見えないところで、どれだけ努力し練習を積んできたかわかりません。
一歩一歩の努力が実を結ぶのです。
人生にも同じことがいえます。
白隠禅師(1685〜1768)という臨済宗の中興の祖と言われている禅僧がいました。
禅師が著した『八重葎』(やえむぐら)の中に、こんなことが書かれています。
このごろ仏教の因果の理(ことわり)を信じない無知な若者は、
俗書を読んで得意になって言いふらす。
仏教でいう天堂・地獄、生死・涅槃などというのは根も葉もないこと。
三世とか三途の川というたわごとは、僧どもが無知の在家の者をたぶらかし、
ものをもらって生活しようと言いひろめた、大ウソだ。
地獄などあろうはずはない。
地獄が苦しいからといって、娑婆(しゃば)に戻って来た者など、
この世が始まって以来、一人もいないし、娑婆が恋しいといって
手紙をよこしたものもおらんではないか。
このように思っている者は、自分が誤るのはまだしも、他人まで穴に堕としてしまう。
かかるやからは、必ず地獄に堕ちて無限の苦を受けるであろう。
こんな文章です。
地獄も天堂もほんとうにあって、一躍(いちやく)に行くところではありません。
日頃の善を一つひとつ積み重ねて、亡くなると天堂に生まれるのです。
悪なるものを一つひとつ積み重ねると、地獄に行くのです。
善を積む努力を惜しまないことです。
