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ことわざ雑考(18)

錦着る山は裸になる下地

今月のことわざは「錦着る山は裸になる下地」です。
{『ことわざ・名言辞典』(創元社)を参考}

意味は、
「紅葉して美しい錦を着たような山は、
 やがて葉が落ちて、裸のような枯れ木になってしまう。
 そのように、あまり分を越えた暮しや贅沢、おごりを好む者は、
 やがて葉が落ちてしまうように、おちぶれて身をほろぼす」
です。

ここの下地はあある状態になるという意味で、
おちぶれて身をほろぼす状態になるということです。

身近なことで言えば、
食事の時に、美味しいといってたくさん食べすぎ、
お腹をこわすこともそうでしょう。
お酒が好きで飲み過ぎ、身体をこわすこともあります。

お酒を飲んだら運転しない、と法規で決まっているのに、
家が近くだから運転して帰る。
それで事故を起こして、相手を傷つけ、身をほろぼす場合もあります。

賭け事もでもそうです。
身の丈にあった賭け事であれば、日頃のストレスを取るにはいいのですが、
分を越えた賭け事をして、財産のすべてを失ってしまうこともあります。

お釈迦様はお金を毒蛇だと説いたことがありました。

道に穴があいていて、そこに金貨が埋まっていた。

お釈迦様は弟子に、「あれは毒蛇だから気を付けよ」と諭す。
そこに男が通りかかり、お釈迦様は毒蛇だといったのを無視して、
その金貨を自分のものにした。

その男は急にお金持ちになり、贅沢な暮しを始めた。
それを見ていたある者が男に嫉妬して、その国の王に言いつけた。

「あの男は、どこからかお金を盗んできて、
 今までにない暮しをしている。どうもおかしい」と。

いくら拾ったと言っても、王は信用しない。
そこで死刑になることになった。

死刑の時に、「毒蛇だ。お釈迦様の言うとおりだ」
その言葉を聞いた王が、「お釈迦様がそう言われたのか」と
男の真実を知り、男を許した。

そして王はお釈迦様を迎えて説法を聞き、食事を出して供養したという。

そんな話です。

身の丈以上の財が入ったときには、このことわざを思い返し、
おごりのない生活をすることが大切になります。

つい大金がはいると、いつも謙虚だった人が変わって、
おごり深い人間になることが多々あるのです。

あるいは地位があがって、部下を見下す。
そんな上司からは、人がみな離れていき、
枯れ木のような淋しさを味わうことになるでしょう。

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